寺田千恵
(55) テラダ チエ生年月日 | 1969/04/11 |
支部 | 岡山 |
身長 | 157cm |
出身地 | 福岡県 |
体重 | 46kg |
登録期 | 65期 |
血液型 | O型 |
級別 | A1級 |
寺田千恵の期別成績
2023/11/01-2024/04/30勝率 | 6.51 | 能力 | 57 |
優出 | 4回 | 優勝 | 2回 |
1着 | 27.8%(40回) | 2着 | 20.8%(30回) |
3着 | 15.3%(22回) | 4着 | 12.5%(18回) |
5着 | 12.5%(18回) | 6着 | 11.1%(16回) |
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寺田千恵の「本日」出場予定
寺田千恵の出場予定
寺田千恵について
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寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)について
寺田千恵選手(てらだ ちえ)という、最強競艇女子選手(女子ボートレーサー)は、50歳、競艇歴30年の大ベテラン。 -
寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)の1位の勝率
今回はそんな賞金王の寺田千恵選手について検証原稿を書こうと思うのだが、その前に、すでに50歳にもなる寺田千恵選手の登録写真を見てもらいたい。…見た目、すっごく若い(笑)そしてキレイ(笑) -
寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)の生まれとデビューまで
寺田千恵選手の出身は福岡県だ。 -
寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)の輝かしいデビュー
現在「女子最強のボートレーサー」の1人である寺田千恵選手は「デビュー時はなかなか勝てなかった」…と書くとサクセスストーリーとなるのだが、「女子最強のボートレーサー」はデビュー当初から天才的だった。 -
寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)の実績について
寺田千恵選手のSG優出は、2001年6月、唐津競艇場で行われた「SGグランドチャンピオン」で、女子選手では初めてとなる優勝戦進出を果たし、しかもその時「1号艇」という優勝に最も近い所まで来ていた。 -
寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)の残念な弟子
寺田千恵選手の「弟子」は、以前に競艇女子でも記事を書いた、所属支部は岡山支部で、2017年年5月にデビューの美人レーサー安井瑞紀選手だ。 -
寺田千恵競艇選手(女子ボートレーサー)の夫
寺田千恵選手のプライベートでは、2002年2月12日に、競艇選手の立間充宏選手(A1級)と結婚した。
「てらっち」こと寺田千恵選手は強い。
現在2019年6月時点までの獲得賞金女子No.1と、彼女の実力が2019年も光っている。
寺田千恵選手の昨年2018年の賞金は「31,662,000円」で女子第9位。
生涯獲得賞金は「8億 47,323,618円」女子第3位。…因みに競艇界の最強だと、誰もが知る松井繁選手で、松井繁選手の生涯獲得賞金額は、2017年時点で36億円を超えている。
…さて、このように素晴らしい実績を残してきた寺田千恵選手、2019年3月には地元の児島で行われた、「レディースオールスター」で優勝を飾った。
女子選手だけのファン投票が行われて、当然のように出場を果たし、さらっと1号艇から勝っての優勝だ。
50歳となった現在でも、最前線で活躍する女子選手として活躍中だ。
いや失礼、実際寺田千恵選手は「キレイなおばさん」で、昔の写真を見ても綺麗な人だ。
だがこの写真は一体いつ撮った写真だろう。随分と若々しいのだが、実際は現在124期まである(2019年 6月時点)ところ、寺田千恵選手は65期生だ。そこを見ると随分と古株なのがわかるだろう。
同期の65期メンバーの中で、現役の女性レーサーはもぅ寺田千恵選手しか残っていない。
寺田千恵選手は90年代の後半から強さをあらわにしてきて、これまでずっとA1級に定着している。
前章で「レディースオールスター」で優勝したことも書いたので、このA1級を「なんとか維持している」というようなレベルではないのはわかると思うが、2019年前期適用は「7.71」だと言えば、どれだけスゴイのかお判り頂けるだろうか。
これは女子選手の中で、1位の勝率である。
その時の1着の回数を見ると55回、そして6着が2回しかないのがポイントだ。
勝率1位を取るのは、6着の回数をいかに減らすかが大事となってくる。
寺田千恵選手がこれまでに女子の勝率1位となったのが、今回で8回目で、毎年常に約200人ぐらい女子選手がいる中で、勝率1位を取る難しさは言うまでもないだろう。
それだけ毎年1着、2着を取りまくっているという「最強の選手」なのだ。
実際産まれたのは山口県 防府市だが、幼い頃に父親を亡くし、福岡県 北九州市若松区で母親に育てられた。
一体どんな学生時代を過ごせばこんな最強選手に育つのだろうか?と、気になるだろう。
寺田千恵選手の通った高校は偏差値44の、若松区にある、福岡県立若松高等学校だった。
学生時代はテニスをやっていたそうだ。
高校を卒業後、母に勧められたことがキッカケで競艇選手を目指すに至ったそうだ。…詳しい経緯はわからないが、父親を亡くし、女手一つで育てるのは大変だっただろう。競艇選手は女性だろうが実力さえあれば、かなり高収入を得られる数少ない職業だから、母親が勧めたのかもしれない。
ボートレーサーの65期生として足を踏み入れ、若松競艇場にて平成が始まった最初の年の1989年11月にデビューを果たした。
現在は岡山支部だが、デビューした時は福岡支部だった。岡山支部に変わった理由については後に記載しよう。
寺田千恵選手がデビューしたわずか5戦目に初1着を獲ったことも有名で、将来大きく期待される女子選手として直ぐに話題となった。
今現在、女子選手がデビューしてもいきなりデビューした大会で1着を獲るのはまず見られないし、遅い子では100走以上掛かっているのを当たり前のように見かける。それをたった5走で初1着の水神祭を飾ったのは、出来過ぎである。それほど才能があったのだろう。
その後着々と力を付けていき、2000年度後期は優勝6回、勝率7.46と、デビュー10年後のこの頃から「女子の代表選手」と言えるようになってきた。
翌年2001年度前期は優勝3回、勝率7.88と好成績を残し、寺田千恵選手のファンが一気に増え、ファン投票で選ばれて出場する「SGボートレースオールスター」にも毎年のように出場するようになった。
現在寺田千恵選手の所属は女子の多い支部として有名な岡山支部で、強い選手だと田口節子選手や、競艇女子でも書いた守屋美穂選手もいるが、やはり歴、実績からもエースと誰もが認められているのが寺田千恵選手だ。
既に原稿を書いた、土屋南選手や、薮内瑞希選手ら若い世代は、彼女の背中を追って、一刻も早くA1級に昇格したいところだろう。
優勝戦はもちろん全員男子相手だった。
1号艇での出走となり、外コースからインコースを取りに来るような動きがあったのだが、そのままインを取りきったことは本当に凄いガッツで凄いものだった。
男子のプレッシャーに負けない、寺田千恵選手のメンタルの強さが際立った瞬間だ。
…だがレース結果はスタートで遅れてしまい、5着に終わってしまった。
けれども優勝戦まで勝ち駒を進めたのは快挙だった。
当時の最低体重は女子が45㎏、男子が50㎏だったが、「5㎏のハンデだと女子のSG優勝者が出てくる」と、彼女のSG優出をきっかけに、体重の見直しが行われたのも有名な話だ。
…「女子選手」の歴史に記録を刻むということはそれだけの影響力があるということだろう。…寺田千恵選手がSGで活躍したことがキッカケに、女子の最低体重が47㎏に引き上げられたのだ。
なんだか寺田千恵選手的には、良いような悪いような…他の選手に申し訳ないカンジになってしまった。
因みにその年に稼いだ獲得賞金が「67,215,000円」で、これは女子競艇選手の年間獲得賞金としては史上最高記録となっていることも触れておきたい。
寺田千恵選手の大きな大会での優勝は、今のところ「G1」での優勝が2回だ。
●1回目・・・2007年3月4日 第20回JAL女子王座決定戦(徳山競艇場)
当時は大荒れの水面だったそうで、SG優出を決めてから6年後、女子王座初制覇となった。
寺田千恵選手は実力的にいつ獲ってもおかしくなかったのに、なかなか獲れなかったこのタイトル。
優勝はおろか、なぜか優出もなかなか果たせず、それは「艇界の七不思議」とまで呼ばれるほどだった。この優勝は本当に「ようやく」獲ることができた優勝で、表彰式では泣いていた。
●2回目・・・2010年 第23回JAL女子王座決定戦(下関競艇場)
1号艇から難なく逃げて優勝した。当時40歳。
前回の女子王座初優勝から3年後、2回目の優勝を飾ることとなった。
そんな輝かしい実績を持つ寺田千恵選手は、平成12年、平成13年、平成19年、平成27年に、優秀な成績を残した女子レーサーを対象にした「優秀女子選手」として受賞した。
以前に競艇女子で書いた「日高逸子選手」も4回、この賞を受賞しており、現在トップ記録タイである。
寺田千恵選手は「弟子を取るのが初めて」で、弟子入りした若手の安井瑞紀選手は「光栄ですね。憧れであり、目標であり、超えなくてはならない存在です。」と語っている。…が、現在26歳で今のレベルで焦ることもなくツイッターの投稿に明け暮れてるようじゃ、まー、まず無理だろうね。口だけで、寺田千恵選手を超えることはないだろう。
結婚と同時に産休に入った。
産休からはすぐに復帰し、復帰した期から優勝を果たすなど、やっぱり支部が変わろうとも、子供を産もうとも強い選手は強いようだ。
年齢は6歳違いで、寺田千恵選手の方が年上で、最初に立間充宏選手の方が寺田千恵選手のことに興味を持ったそうで、寺田千恵選手と同じ福岡支部に所属している同期・藤丸光一選手を通じて紹介してもらい、結婚まで発展したそうだ。
そういうわけで結婚を機に、夫・立間充宏選手の所属支部「岡山支部」に2003年後期から移籍することとなった。なので出身は福岡県だが、現在は「岡山支部」に所属している。
夫と共通したゴルフの趣味もあり、休みが合えば一緒によくゴルフに行くそうだ。
…以上、寺田千恵選手について書いてみたが、今のところ競艇女子選手の中で、寺田千恵選手が一番凄いんじゃないかと思っている。
「女子初SG優出」というレジェンドである寺田千恵選手は、今後も語り継がれるだろうし、50歳とはいえど、女子選手の先頭を常に走る、寺田千恵選手の今後は、まだまだ現役とトップアスリートでいるだろうから、予想をするなら買い目から外すことのできない選手なのは間違いない。
「競艇検証.com」では今後もイベントで琴奨菊や、ホストにお姫様抱っこをされて嬉しそうな、かわいいところもある競艇選手(女子ボートレーサー)の寺田千恵競艇選手のことを応援を続けます!
11/14には「デイタイムコロガシ」というコースで、津7R(13.3倍)→津12R(21.0倍)と、2つともわずか4点で転がしを成功させ、16万 5900円の払い戻しとなった!
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